Mock Recallとは
Mock recall(模擬回収)は、実際の製品回収手順と品質システムを検証するための実践的な訓練演習です。企業が実際の回収シナリオを想定して、事前通知なしに回収プロセスをシミュレーションすることで、回収準備体制の有効性を評価します。
アメリカでの実施状況
FDAの位置づけ
FDAは模擬回収を法的に義務付けていませんが、2022年3月の最終ガイダンスで「回収準備体制(recall readiness)」の一環として強く推奨しています。複雑な回収が予想される場合、企業は「模擬回収などの追加的な準備段階を検討し、回収準備体制を検証すべき」と明記されています。
業界での実施状況
業界をリードする企業では年1回または半年に1回の模擬回収実施が事実上の業界標準となっています。回収計画をテストした企業は、未実施企業より迅速に回復することが確認されています。
欧州での実施状況
EU規制での位置づけ
EU GMP第8章(2015年3月改訂)では、回収手順の有効性評価について「営業時間内および営業時間外の両方の状況に拡張すべきであり、そのような評価を行う際には、模擬回収活動を実施すべきかどうかを検討すべき」と規定されています。
さらに重要なのは、EU GMP Annex 1(2022年8月改訂、2023年8月施行)では、無菌医薬品製造において模擬回収が明確に要求されるようになったことです。
欧州企業での実施状況
欧州の製薬・医療機器企業でも、規制当局の期待として年1回または半年に1回の実施が業界のベストプラクティスとして定着しています。
日本での現状
規制上の位置づけ
日本では、GQP省令、GMP省令、GVP省令、および医薬品医療機器等法によって回収に関する規制が定められていますが、模擬回収の明確な要求事項は見当たりません。PMDAのガイドラインも、模擬回収の実践よりも実際の回収手順と報告要件に重点を置いています。
日本企業での実施状況
主要な日本の製薬企業(武田薬品、第一三共、アステラス、エーザイ)では、定期的な模擬回収演習を公に報告していません。日本企業は予防重視のアプローチを採用し、シミュレーション訓練よりも厳格な品質システムによる予防に焦点を当てています。
日本で馴染みが薄い理由
文化的要因:
- 日本のビジネス文化は、反応的な訓練よりも徹底した準備と予防を重視
- 確立された手順と文書化システムへの高い信頼
- 製品の失敗に関連する恥を避けることへの強い重点
規制哲学の違い:
- 日本の規制当局は、危機管理よりも安全性と品質保証を優先
- 問題を防ぐ品質管理システムに焦点
- 自己点検と継続的改善を重視
今後の日本での普及見通し
普及する可能性が高い理由
- 国際調和の進展 日本は2025年現在、IMDRF(国際医療機器規制当局フォーラム)の議長国を務めており、国際的なベストプラクティスとの整合性を重視する傾向が強まっています
- PIC/S加盟の影響 日本は2014年にPIC/S(医薬品査察協定)に加盟しており、PIC/S GMPガイド第8章は「年1回の定期的な模擬回収」を明確に推奨しています
- グローバル化の影響
- 世界的に事業を展開する日本企業による国際標準の段階的採用
- 多国籍製薬企業からの調和された慣行への圧力
- 互換性のある品質システムを必要とする技術移転
変化の兆候
COVID-19後の影響: COVID-19後のサプライチェーンレジリエンスと緊急時対応への注目度が向上しており、リスク管理への意識が高まっています。
技術革新の影響: AIと機械学習技術により、12ヶ月前に医療機器の回収を89%の精度で予測することが可能になっており、予防的アプローチと組み合わせた新しい品質管理手法が注目されています。
結論
現状のまとめ:
- アメリカや欧州では、mock recallは確実に「当たり前」の実践として定着している
- 法的義務ではないものの、業界標準として年1~2回の実施が一般的
- 日本では規制要求がなく、文化的・哲学的違いから馴染みが薄い
今後の展望: Mock recallは、今後5~10年間で日本でも段階的に普及していくと予想されます。特に:
- 2025-2027年:グローバル展開企業から採用開始
- 2027-2030年:国内企業への波及と業界標準化
- 2030年以降:規制当局による正式な推奨または要求の可能性
日本企業にとって、mock recallの実施は規制コンプライアンスの確保だけでなく、運用上の回復力とステークホルダーの信頼を通じて競争上の優位性を獲得する機会となるでしょう。国際調和の流れの中で、グローバルに事業を展開する企業にとっては、mock recallの実施が避けて通れない課題となりつつあります。