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1. PRRCの基本概念
1.1 定義と法的根拠
PRRC(Person Responsible for Regulatory Compliance)は、EU医療機器規則(MDR)第15条に基づいて設置が義務付けられた製品安全管理責任者です。医療機器メーカーがEU市場で製品を販売するために必須の役職であり、製品の規制遵守に関する最終責任を担います。
1.2 設置義務のある組織
- EU域内の製造業者
- EU域外製造業者のEU域内正規代理人(Authorized Representative)
2. 法的要件(MDR第15条)
EU MDR第15条は、PRRCの設置義務、資格要件、責務について詳細に規定しています。
2.1 設置要件(第15条第1項および第2項)
- 製造業者は、組織内に少なくとも1名のPRRCを確保する必要がある
- EU代理人も少なくとも1名のPRRCを常時利用できるようにする必要がある
- 製造業者とEU代理人のPRRCは別人物でなければならない
2.2 資格要件(第15条第1項、第2項および第6項)
PRRCには以下のいずれかの資格が必要です:
- 法律、医学、薬学、工学または関連の自然科学分野の大学学位(またはそれと同等と認められる資格)と医療機器規制分野における1年以上の専門的経験
- 医療機器規制分野における4年以上の専門的経験
2.3 中小企業に対する例外(第15条第3項)
マイクロ企業および小企業(SME)については、組織内にPRRCを雇用する必要はありませんが、「常時利用可能な」外部の有資格者と契約する必要があります。
3. PRRCの具体的責務(MDR第15条第3項)
MDR第15条第3項では、PRRCの責務として少なくとも以下の事項を確保することが明記されています:
3.1 適合性確認の管理(第15条第3項(a))
- 製品リリース前に、製造業者の品質マネジメントシステム(QMS)の下で製品の適合性が適切に検証されること
- 適合性評価プロセス全体の監督
- CE適合性評価手順の適切な実施の確認
3.2 技術文書と適合宣言書の管理(第15条第3項(b))
- 技術文書(Technical Documentation)が作成され、常に最新の状態に保たれていること
- 欧州連合適合宣言書(EU Declaration of Conformity)が作成され、最新の状態に維持されていること
- 文書の継続的更新の確保
3.3 市販後監視システムの監督(第15条第3項(c))
- 第10条第10項に従った市販後監視(PMS)義務の遵守確保
- 市販後臨床フォローアップ(PMCF)活動の計画・実施・記録
- 定期的安全性更新報告書(PSUR)の作成と提出の監督
- 市販後データの収集・分析・評価の確保
3.4 不具合報告の管理(第15条第3項(d))
- 第87条から第91条に基づく重大インシデントや市場安全是正措置(FSCA)の報告義務の遵守
- インシデント傾向の報告と分析
- 安全性情報の収集・評価・対応
- 適切な是正措置の実施の確保
3.5 臨床試験用機器の適合声明発行(第15条第3項(e))
- 臨床試験用機器(investigational devices)の場合、附属書XV第II章のセクション4.1に示される声明が発行されること
- 臨床評価プロセスへの関与
3.6 品質マネジメントシステムへの関与
- 品質システム全体の遵守確保
- 是正・予防措置(CAPA)の実施と確認
- QMS文書の維持管理
4. PRRCと日本の三責任者(3役)の関係性
日本の医薬品医療機器等法に基づく三責任者制度とEU MDRのPRRCには、機能的に類似点がありますが、重要な相違点も存在します。以下は解釈的な比較であり、公式な対応関係ではないことにご注意ください。
4.1 役割の比較表
EU MDR PRRC責務 | 日本の三責任者との機能的類似性 |
---|---|
適合性確認の管理 | 総括製造販売責任者(総責):法規制の遵守に関する最終責任 |
技術文書と適合宣言書の管理 | 品質保証責任者(品責):技術文書の管理、製品の出荷可否判定 |
市販後監視システムの監督 | 安全管理責任者(安責):市販後の安全性情報の収集・評価 |
不具合報告の管理 | 安全管理責任者(安責):不具合情報の当局報告、安全確保措置 |
臨床試験用機器の適合声明発行 | 総括製造販売責任者(総責):臨床関連の法規制遵守 |
品質マネジメントシステムへの関与 | 品質保証責任者(品責):品質管理業務の統括 |
4.2 主な相違点
4.2.1 役割の統合性
- EU MDR PRRC: 一人の責任者が技術・品質・安全の全責務を統合的に担う
- 日本の三責任者: 役割と責任が明確に三つの異なる役職に分離
4.2.2 日本の三責任者制度にはない主なMDR PRRC責務
- 欧州連合適合宣言書の管理
- MDRではEU適合宣言書の作成・維持が明示的にPRRCの責務
- 日本では適合性宣言に相当する文書の管理責任が明確に規定されていない
- 技術文書作成への直接関与
- PRRCは技術文書の作成そのものにも責任を持つ
- 日本の品責は主に文書の管理と承認に焦点
- 臨床評価・臨床試験への包括的関与
- PRRCは臨床試験用機器の適合声明発行を含む臨床関連業務に広く関与
- 日本では治験は基本的に別の規制体系で管理
- 適合性評価プロセスの直接的監督
- PRRCはCEマーキング取得のための適合性評価プロセス全体を監督
- 日本では承認申請・認証申請プロセスの責任が分散
5. PRRCの実務運用
5.1 組織内での位置づけ
- PRRCは組織内で明確に位置づけられ、適切な権限を持つべき
- 経営層への直接的なアクセスと報告ラインの確保が重要
- 規制遵守業務に必要なリソースを確保する権限が必要
5.2 「常時利用可能」の意味
- 「常時利用可能(permanently and continuously at their disposal)」とは、PRRCが必要な時に直ちに連絡可能で対応できる状態を意味する
- 緊急時に迅速に対応できる体制の整備が必要
5.3 外部PRRCの利用
- 中小企業のみが外部PRRCを利用可能
- 外部PRRCと正式な契約を結ぶ必要がある
- 外部PRRCであっても「常時利用可能」の要件を満たす必要がある
5.4 教育・トレーニング
- PRRCには継続的な教育とトレーニングが必要
- 最新の規制要件に関する知識の更新
- MDCGガイダンス文書や関連規制の変更への対応
6. PRRCに関する実務上の重要ポイント
6.1 法的責任
- PRRCの役割は単なる名目上の役職ではなく、法的責任を伴う
- PRRCの不在や不適切な任命は製造業者のMDR不適合と見なされる可能性がある
- 個人としての法的責任リスクが存在する
6.2 独立性の確保
- 製造業者とEU代理人は別々のPRRCを任命する必要がある
- 同一人物が両方の組織のPRRCを兼任することは明示的に禁止されている
- PRRCの独立性と客観性の確保が重要
6.3 文書化
- PRRCの任命、資格、責務は明確に文書化すべき
- PRRCの活動と決定に関する記録の維持
- 規制当局の監査に備えた証拠の保持
6.4 実務上の課題と対策
- 専門知識を持ったPRRCの確保が困難な場合がある
- 複数国での対応が必要な場合の調整
- 組織変更時のPRRC移行計画の重要性