1. 開発初期段階における最低限の要求事項
リスクマネジメントについて
開発初期段階(コンセプト設定・実現可能性検証)であっても、ISO 14971の基本的なアプローチに基づき、以下の実施を強く推奨いたします。
まず、意図する使用/意図する目的の文書化が必要です。どのような患者に、どのような臨床状況で、誰が使用するのかを明確にすることで、ハザード特定の基盤となります。
次に、予備的ハザード分析(PHA: Preliminary Hazard Analysis)として、網羅的である必要はありませんが、想定される主要なハザード(エネルギー源、生体適合性、使用エラー等)を洗い出し、重大なリスクについては初期評価を行っておくべきです。
さらに、試作品の用途・限界の明確化として、モック品・試作品が臨床使用を想定したものか、形状確認のみか、機能検証用か等の位置づけを明確にし、委託先にも伝達すべきです。
この段階では完全なリスクマネジメントファイルは不要ですが、上記の検討結果を文書として残すことが重要です。
設計・試作記録について
QMS省令第30条(設計開発)およびISO 13485:2016 第7.3項は、設計開発の各段階でのインプット、アウトプット、レビュー、検証、妥当性確認の記録を要求しています。開発初期段階であっても、以下は最低限記録として残すべきです。
- 設計インプット記録: 試作品への要求事項(たとえドラフトであっても、その時点版として管理)
- 変更履歴: 要求事項の変更理由と内容
- 試作結果: 委託先からの納品物の評価結果、発見された課題
- 設計レビュー議事録: 社内での検討内容(簡易なものでも可)
重要なのは、「設計履歴ファイル(DHF: Design History File)」の考え方に基づき、将来的に「なぜこの設計判断に至ったか」を遡及的に説明できる記録を残すことです。
2. 記録を委託先任せにした場合のリスク
ご理解のとおり、将来的に重大な問題となる可能性が極めて高いです。
QMS適合性調査(製造販売承認申請時)において、調査員は設計開発プロセスの妥当性を確認します。その際、開発初期段階の記録がない、または委託先のみに存在する場合、以下の指摘を受ける可能性があります。
第一に、設計管理の不備です。QMS省令第30条は製造販売業者等に設計開発の管理を求めており、委託先に記録があっても、御社として管理していなければ要求事項を満たしません。
第二に、購買管理の不備です。QMS省令第37条に基づき、委託先(購買物品の供給者)への要求事項の明確化と、その適合性確認の記録が必要です。「ドラフトレベルの要求事項」のまま発注し、結果の評価記録もないとなると、購買プロセスの管理不備と判断されます。
第三に、リスクマネジメントプロセスの不備です。承認申請において、リスクマネジメント報告書はSTED(承認申請資料)の必須項目です。開発初期からのリスク検討の証拠がないと、リスクマネジメントプロセス全体の信頼性に疑義が生じます。
特に、市販後に不具合が発生した場合、設計段階での検討記録が不十分だと、「予見可能であったリスクを見落とした」との指摘につながり、PL法上のリスクも高まります。
3. スタートアップ企業が実施すべき最低限のQMS構築ステップ
Phase 1: 基盤整備
文書管理の仕組みを構築することから始めてください。全社共有フォルダ等でも構いませんが、バージョン管理・アクセス記録が残る仕組みとし、文書番号体系、承認フローを決定します。
次に、記録管理ルールを策定します。記録の様式、保管場所、保管期間を定め、最低限、試作依頼書、試作結果報告書、設計レビュー議事録の様式を作成してください。
Phase 2: リスクマネジメント基盤
リスクマネジメント計画書を作成し、リスク受容基準を仮設定します。予備的ハザード分析を実施し、結果をリスクマネジメントファイルとして管理開始してください。
Phase 3: 設計管理プロセス
設計開発計画書を作成します。完璧でなくても、現在のフェーズと今後の計画を文書化することが重要です。設計インプット文書を整備し、これまでの要求事項を正式文書として発行します。設計レビューを定期的に実施し、議事録を残す運用を開始してください。
Phase 4: 購買・委託先管理(並行して実施)
委託先評価記録を作成し、選定理由を文書化します。購買仕様書(要求事項)を正式発行し、受入検査記録を整備して、納品物の確認結果を記録する仕組みを構築します。
利用可能な支援・相談メニュー
PMDAの相談制度
RS戦略相談(レギュラトリーサイエンス戦略相談) があり、開発初期から利用可能です。治験開始前の段階から、開発戦略、申請区分、試験計画等について相談できます。開発初期であっても、QMS構築の方向性確認に活用できる場合があります。
事前面談 は無料で、正式相談の前に論点整理ができます。
医療機器開発支援ネットワーク
AMEDが運営する支援体制があり、開発初期の企業向けに規制対応のアドバイスを提供しています。
各都道府県の支援
東京都であれば「東京都医工連携HUB機構」、各地の産業技術センター等でも医療機器開発支援を行っている場合があります。
業界団体
日本医療機器産業連合会(JFMDA)、医療機器産業研究所(MDSI)等がセミナー・情報提供を行っています。
優先順位の考え方
現状の課題を踏まえると、以下の優先順位を推奨いたします。
最優先(今すぐ着手)
過去の試作依頼・結果の記録を遡及的に整理してください。委託先に残っている情報を収集し、社内記録として整備します。完璧でなくても、「検討した証拠」を残すことが重要です。
高優先
文書・記録管理の基本ルールを策定し、設計インプット文書(要求仕様書)を正式版として発行します。予備的ハザード分析を実施してください。
中優先
QMS基本文書(品質マニュアル、主要手順書)のドラフト作成、リスクマネジメントファイルの正式運用開始、委託先管理の仕組み構築を行います。
推奨
PMDA相談の活用検討、内部監査の仕組み構築を進めてください。