はじめに
登録製造所としての「注文書そのもののレビュー記録」が、法令で"名指し"で要求されているわけではありません。ただし、QMS省令・ISO 13485が要求する「製品要求事項の明確化・照査」「記録管理」を実務に落とし込むと、結果として注文内容をレビューし、その結果を記録する仕組みを持つことが、実質的に必須に近い位置づけになります。
以下、「何が法的に必須か」と「何をしておくべきか(注意点/ベストプラクティス)」を分けて整理します。
1. 法規制上「何が」要求されているか
1-1. QMS省令(登録製造所に準用される部分)
登録製造所には、QMS省令第二章~第五章二の規定が「製造業者」に準用されます(第82条・第83条)。その中で、顧客(製造販売業者)からの注文に関係するのは主にこの部分です:
- 第27条:製品要求事項の明確化
- 第28条:製品要求事項の照査
- 第9条:記録の管理
- 第68条:記録の保管期限
第27条・第28条のポイント
- 「製品要求事項」(顧客要求+法令要求+教育訓練等)を明確にし、
- 製品を供給するに当たって、あらかじめ製品要求事項の照査を行い、
- 要求事項が文書化されているか
- 法令に適合しているか
- 要求事項に適合させる能力があるか
- 顧客との相違点が合意されているか
- その照査結果と、それに基づいてとった措置を「記録」し、保管することが義務づけられています(第28条3項)。
重要:ここで「注文書」という語は条文に出てきませんが、現実には「顧客からの注文内容」が製品要求事項の一部を構成し、その照査結果を記録することが求められるため、注文書(紙・電子)やそれを起点とする製造指示のレビュー記録が、条文の要求に対応する"媒体・手段"になります。
記録の保管期限(第68条)
- QMS省令第9条で「必要な記録を作成・保管」、第68条でその保管期間が規定されています。
- 医療機器については概略として:
- 特定保守管理医療機器:15年(有効期間が15年以上ならその有効期間+1年)
- それ以外:5年(有効期間が5年以上ならその有効期間+1年)
- 注文書そのものを何年保管せよ、とまでは規定していませんが、
- 「製品要求事項の照査結果」やそれに基づく製造指示記録は、第9条・第68条の「記録」に該当しうるため、上記期間での保管が望ましい運用になります。
1-2. ISO 13485:2016
- 2.1:製品に関する要求事項の明確化
- 2.2:製品に関連する要求事項のレビュー(顧客要求のレビュー、相違の合意、記録保持)
ISO 13485も「注文書」という用語は使いませんが、"customer orders, contracts, amendments" を含む顧客要求のレビューとその記録を求めており、QMS省令と整合しています。
2. 注文書レビュー/承認記録は「義務か?」
法令のロジックから整理すると次のようになります。
- QMS省令は「製品要求事項の照査」とその記録を義務付けている(第28条3項)。
- 登録製造所における受託製造では、製造販売業者との取決め・注文・変更指示が製品要求事項の主要なインプットになる。
- よって、その注文・変更内容をレビュー(照査)し、問題がなければ承認するプロセスと、その記録が必要になる。
- その媒体は、次のいずれでもよいが、何であれ「誰が何をどのようにレビューし、どう判断したか」が追跡できる形でなければならない。
- 顧客注文書そのものへの押印・署名・電子承認
- それを起点とした「製造指示書」「製造オーダー」「受注登録画面」の承認ログ
- 別紙の「注文内容レビュー記録」
結論(実務的な回答)
- 「注文書(紙・電子)そのものへのレビュー痕跡(サイン等)」が唯一の義務ではないが、
- 注文(顧客要求)の照査と、その結果の記録はQMS省令・ISO 13485の要求事項として必須。
- 多くの登録製造所では、
- 「受注→注文内容レビュー→製造指示」のいずれかの段階に承認記録(紙のサイン、システムのワークフロー承認、監査証跡付き電子署名)を残す形でQMS要件を満たす運用を採用しています。
3. 注意すべきポイント(紙/電子共通)
3-1. レビュー内容・範囲
注文書(又はそれを反映した製造指示)に対して、少なくとも以下を確認できるようにしておくと安全です(これらは第28条のチェック項目に対応)。
1. 品目・仕様の適合性
- 承認・認証・届出された品目/バリアントの範囲内か
- 型式、仕様、滅菌形態、ラベリング条件などが製品標準書・承認書と整合しているか
2. 製造範囲の適合性
- 登録製造所として登録されている製造範囲・工程の範囲内であるか
3. 顧客からの特別指示
- 包装形態の一時変更、ラベリング追加、出荷検査条件変更など、
- 承認事項や品質取決めの範囲内か、変更管理対象かを判定
4. 能力・キャパシティ
- 数量・納期・ライン能力から見て、QMSが維持された状態で対応可能か(残業・外注等が必要な場合のリスク評価)
3-2. 記録として押さえておくべき要素
注文そのものを紙・PDFで保管するか、ERP/生産管理システムのデータとして保存するかを問わず、以下が追跡できる状態であることが望ましいです。
- 受注元・注文番号・注文日
- 適用品目・仕様・数量・納期(版管理された仕様書と紐付いていること)
- レビュー実施者・承認者・実施日/承認日
- 合否判定(受注可/条件付き受注/受注不可)とその理由
- 例外・特別な取扱いを認めた場合の理由と承認権限者
これらは、監査や適合性調査で「第28条の照査をどのように実施しているかを示す証跡」としてよく見られます。
3-3. 電子記録の場合の追加留意点(ER/ES)
電子注文(EDI、メール、ポータル、ERPなど)を前提とする場合は、ER/ES指針及びQMS省令第9条2項の「セキュリティ・完全性・検索性」の要求を満たす必要があります:
- 真正性:誰が、いつ、どの注文を承認したかを監査証跡で追えること
- 完全性:改ざん・削除ができない、あるいは改ざんが痕跡として残ること(データインテグリティ)
- 見読性:監査時に人間が読める形式で表示・出力できること
- アクセス管理:承認権限のある者のみが承認処理を実行できること
4. 責任技術者はどこまで関わるのが一般的か
4-1. 法的な位置づけ
薬機法第23条の2の14により、登録製造所ごとに責任技術者を置き、製造所における製造管理・品質管理に関する業務を行わせることが求められています。
- とはいえ、法令上「注文書一件一件を責任技術者が承認せよ」とまでは規定されていません。
- 要求されているのは、
- QMS省令に適合した製造管理・品質管理が行われるような体制と手順の確立・運用の監督です。
4-2. 実務的な関わり方(一般的なパターン)
実際の現場では、負荷とリスクを踏まえて次のような線引きがよく採られます。
A. 責任技術者が直接関与するケース(要サイン/電子承認など)
新製品の初回受注
- 設計・承認・製品標準書と現場の製造条件が一致しているか、製品実現計画どおりかを確認。
重大な仕様変更を伴う受注
- ラベリング変更、材料変更、滅菌条件変更、包装形態変更など、承認書やQMS手順の解釈・変更管理判断が必要な案件。
異例の注文
- 特別採用、例外的緊急出荷、通常とは異なるクリーン度・検査省略等を伴う注文。
高リスク又は行政対応案件
- 回収対応後の再出荷、是正措置実施中のロットの取り扱い等。
ここでは、責任技術者が個別案件としてレビュー・承認することが多いです。
B. 責任技術者が間接的に関与する(仕組みレベルの関与)
日常的な定型注文については:
- QC/QA部門や生産管理部門が、マスタ登録された仕様・ルールに沿って一次レビュー。
- 責任技術者は、
- 「注文書/受注レビュー手順書」「承認権限マトリクス」「例外時のエスカレーションルール」などを作成・承認し、
- 内部監査・自己点検等で運用状況を定期的に確認する立場。
- この場合、責任技術者の名前がすべての注文書に署名されている必要はなく、
- 手順書・マニュアル・教育記録・内部監査記録を通じて「責任技術者がQMS運用を統括している」ことを示すのが一般的です。
5. 実務上のおすすめアプローチ(登録製造所として)
最後に、登録製造所としての現実的な「型」を簡潔にまとめます。
1. 「受注/注文レビュー手順書」をQMS文書として整備
- 第27条・第28条に対応する手順として位置づける。
- 確認項目(承認範囲、製造範囲、特別指示、能力、納期等)をチェックリスト化。
- 例外や変更管理が必要な場合のエスカレーションフローを図示。
2. 権限マトリクスの明確化
- 通常注文:担当者/係長クラスで承認
- 条件付き注文:QA・生産管理部門長
- 承認書解釈・仕様変更を伴う案件:責任技術者最終承認
3. 記録様式の標準化
- 注文書自体への押印でも、別紙「注文レビュー記録」でもよいが、
- 「注文番号」と「製造指示/ロット」とをトレーサブルに紐付けられるようにする。
4. 電子運用時はER/ES対応を明文化
- 電子承認ワークフローの仕様書・バリデーション(QMS省令第5条の6)の記録を整備。
5. 責任技術者は:
- 手順書・権限マトリクス・教育計画を承認。
- 高リスク案件や変更案件の受注判断には個別関与。
- 内部監査・管理監督者照査の中で、受注~製造指示プロセスが適切に機能しているかをチェック。
このような体制であれば、QMS省令・ISO 13485の要求を満たしつつ、責任技術者の負荷も現実的なレベルにコントロールできます。
まとめ
登録製造所における注文書レビューは、法令で「注文書レビュー」として名指しされているわけではありませんが、QMS省令第27条・第28条の「製品要求事項の照査」を実務に落とし込むと、実質的に必須となります。
重要なのは:
- 照査の実施と記録が法的義務であること
- その形式は問われない(注文書への押印、システムの承認ログ、別紙記録等いずれも可)
- 責任技術者は全案件に直接関与する必要はないが、手順の確立と運用監督は必須
- 電子記録の場合はER/ES指針への適合が追加で求められる
この理解に基づき、各製造所の実態に合わせた実務的な手順を構築することが推奨されます。